アトム葬儀。

朝。彼は僕らを起こしに来ない。買い物から帰っても誰も家で
待っていてはくれないし、迎えにも来ない。

昼。氷やアイスノンで冷やしながら、南区の長楽寺という
動物霊園へ彼を連れて行く。

お経を上げてもらう。と思ったら、彼の名前が「愛犬アトム」と
書かれている。犬じゃありません。書き直してもらい、改めて読経して
もらう。火葬場。僕は火葬場に行くこと自体が生まれて初めてで、
「死んだら焼いてもらう」と頭では分かっていても何だか腑に落ちない。
焼場に入っていくとき、本当に焼いてしまう、彼を焼いてしまうんだ、と
思って、自然と泣いた。

彼の骨を待つ。雨がひどい。一番ひどい降りだった。季節も泣いている
かのようだった。1時間ほどして、彼の骨を拾った。このとき、この瞬間が
一番つらいと思っていた。込み上げるものはあった。けど涙は出なかった。
小さな骨、伸びて寝るとあんなに長かった彼には全く似つかわしくない
とても小さな骨、白い綺麗な骨を、嫁さんと二人でお骨壷に納めた。

お骨にお経を上げてもらう。何だかもう脱力。信じられないまま帰宅。

帰っても彼の毛だらけの絨毯があるだけで、誰も出迎えてはくれない。
食事をせがむ彼はいないし、ベランダのハーブの匂いを嬉しそうに嗅ぐ
彼もいない。僕らが何か食べてても寄ってきたりしない、布団を敷くと
隣で寝たりもしない、廊下を駆け抜ける彼はいない、ソファを爪痕で
穴だらけにする彼はいない、カーペットにおしっこもない。

突然だった、急だった、昨日の朝まではあんなに元気だったのに。
僕にとっては1年ちょっとの短い同居生活だった。初対面のときは
威嚇されたのに、その1年ちょっとであんなにも仲良くなれた。嫁さんが
入院したときは、3日分におよぶ彼の糞尿を片付けに静岡まで鈍行を
乗り継いで行ったっけ。あれが彼と仲良くなれるきっかけだった。

12歳だったけど、あと10年生きろとかちょうど言ってたのに。あっけない
なぁ。もっとずっと、二人と一匹で暮らせると思ってたのに。何で昨日
だったんだろう。そろそろ子供作れよってことか?それとも、気兼ねなく
引越しでもすればいいってこと?このところ鬱っぽい俺を突き放した
のかな。夫婦喧嘩の仲直りの口実に使われるのが嫌になったのか?
夫婦二人で、二人だけで頑張ってみろってことなのか。

そんな彼だって弱虫だったし臆病者だった。好奇心旺盛だったけど、
怠け者だった。マイペースでワガママで、気が弱くて食いしん坊で
甘えたがり。僕は君以下だ。君は8年間、彼女を支えてきた。もう僕に
彼女を託しても良い、って思ったのか。亡くなったお父さんが好きだった
そうだから、今頃仲良くしてるのかな。

彼はもうどこにもいない。彼は死んで、あんなに温かくてフワフワだった
のに冷たくなって硬くなって、焼かれて、骨だけになってしまった。
もう二度と会えない。抱けない。触れられない。叩けない。話せない。
「気付くのはいつでも過ぎた後」ってのは本当に本当で、全ては取り返しが
付かなくなってしまった。もっと一緒に寝たかった。悔いることばかり。

あーもーまとまんね。寝る。